「催眠術」とは? 本当にあるのか?効くのか?

催眠術」。あなたは催眠術にどんなイメージを持っているでしょうか?

昭和の時代には、五円玉を糸で吊して、被験者の目の前で左右に揺らし、「あなたはだんだん眠くなる」と言いながら催眠状態に導く――そんなイメージを抱く人が多かったものです。

この催眠術は本当にあるのでしょうか?

催眠術ってどういうものなの?

催眠術については一般的に以下のように説明されます。
(面倒くさい人は飛ばして下に進んでください)

人間の意識には「意識(顕在意識)」と「無意識(潜在意識)」がある。

催眠術は、催眠者(催眠術をかけられる人)を、意識はあるが普段とは異なる意識状態である「変性意識状態(トランス状態)」に誘導する

変性意識状態(トランス状態)では、

・意識活動は低下しているが完全になくなるわけではない
・ウトウトしたり、恍惚(こうこつ)・忘我といった状態になる
・体が弛緩(しかん)し、リラックスした状態になる

といった特徴がある。催眠術師は、暗示の力によって催眠者を変性意識状態へと導く。

この変性意識状態の下では、催眠者は、周囲の雑音を気にすることなく催眠術師の言葉にだけ集中することができる。これを「受動的注意集中」と呼ぶ。

また変性意識状態の下では、意識レベルが低いため、暗示の力を受け入れやすくなる。

ただし催眠者が嫌だと思うことは、催眠術師の暗示によってもやらせることはできない。その人の倫理観に反したり、肉体的・心理的に受け入れがたいことについては催眠者は反応しないのが普通である。

催眠によって以下のようなことが可能になる。

・無意識への働き掛け
意識レベルが低い状態であるため、普段は表に現れない無意識に暗示によって働き掛けることができる。

・運動支配
最も浅い催眠状態だが、暗示によって体の動きを引き出すことができる。暗示によって体が左右に揺れたり、肘が曲げられなくなったり、といったことが可能になる。

・知覚支配
運動支配よりも深い催眠状態で、暗示によって感覚を変化させることができる。「バラの香りがします」といった暗示で、それを感じさせる。

・記憶支配
一番深い催眠段階で、暗示によってほかの人格への変換が可能になる。また、過去に戻ったり(年齢退行)、健忘を生じさせたり、催眠中に与えた指示を覚醒後に実行させたり(これを「後催眠現象」という)できるのがこの段階である。

変性意識状態は催眠術下に特有の現象ではなく、

・座禅
・ヨガ
・外気功

などでもなることができる。催眠術師は催眠者を暗示によって同様の状態に導くのである。

⇒引用元:著:武藤安隆『図解雑学 催眠』(ナツメ社)2001年12月26日発行,pp12-43

といったところが催眠術の概要なのですが、この催眠術は本当に存在するのでしょうか? また本当に効くのでしょうか?

トランス状態を検証した実験がある

『と学会』運営委員にして、しばしば日本最強のデバンカー(超常現象やオカルトを懐疑的、科学的に考証する人のことです)といわれる皆神龍太郎先生にお話を伺いました。

――催眠術って本当にあるのでしょうか?

皆神先生 怪しいですよね(笑)。超常現象の世界では催眠術・催眠は、

・エイリアン・アブダクション
(エイリアンに連れ去られること)
・外気功
・こっくりさん
・プラセボ効果(偽薬効果)
・前世療法(生まれ変わり)

といったものに関連しています。その意味では罪作りなものといっていいかもしれません。

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――以前のエイリアン・アブダクションについて(上記URL参照)も、エイリアンに誘拐されたことを「催眠術で思い出す」という話でした。

皆神先生 はい。実際に、ぼーっとして弛緩した状態になることはありますが、それでエイリアンにさらわれたことを思い出したり、ましてや前世の記憶がよみがえったりといったことが起こる、というのはむちゃですよ。

むしろ、そのぼーっとした状態のときに暗示によって「宇宙人に誘拐された」と思い込まされてしまう、というほうが本当でしょう。

――変性意識状態と呼んでいるようですが?

皆神先生 暗示によってその状態に導くという話ですね。催眠術そのものではないのですが、「外気功」でもそのような意識状態になることができるという話があり、これを科学的にかなり詳しく調べた例があるので、それを例に解説しましょう。

気の流れを正すことによって健康になる」なんて話の基になる「」です。気功師が自らの気を他の人に放出(発功)することによって治療する、というものです。

群馬大学医学部神経精神薬理学講座の丸山悠司教授、同大学の田所作太郎名誉教授(行動薬理学)が、関連講座の協力の下、外気功の効果を調べました(丸山先生、田所先生の肩書は当時のもの)。

気功師という人を呼び、被験者に対して気を放出してもらったのです。

――どうなりましたか?

皆神先生 興味深い結果になりました。

最初は気功師と3人の被験者だったのですが、気功師が手を被験者の額の前方でひらひらとかざして、5分ほどたつと被験者の首がぐらぐら揺れて前のめりに倒れてしまったのです。

被験者の腕や足をつねってみると、顔色も変わらず、まるで痛みを感じていないようでした。

そこで外から連れてきた人ではなく、群馬大学の学生を被験者にして、同じように気を発してもらったのです。

――どうなりましたか?

皆神先生 その学生もまた同様にぐったりと床に倒れてしまい、針の先で刺激したのに反応がなかったのです。そのまま寝かせておくと10分ほどで自然と起き上がったのですが、話を聞いてみると、

トランス状態でも意識はあって、針で突かれたことは認識していたのに痛みはなかった

と言うのです。

――おおっ! 催眠術でいう知覚支配の状態ですね。

トランス状態でも特に変化は計測されない!

皆神先生 特有の、いわゆるトランス状態になったのは確かですが、なぜそんなことになるのかは分かりませんでした。

そのため、別の機会に同じ被験者に集まってもらって、同様に外気功をかけてもらい、

・脳波
・短潜時体性感覚誘発電位

を測定してみたのです。

――短潜時体性感覚誘発電位というのは何ですか?

皆神先生 短潜時体性感覚誘発電位は、被験者の手に電極を当てて、その刺激が脳にどのように伝わっていくかを調べるためのものです。

針の先を刺激しても感じない

ということは、脳に刺激が伝わる経路のどこかでそれが消失している可能性があるわけですので。

――結果はどうなりましたか?

皆神先生 外気功がかけられた被験者の脳波は、揺れの少ない非常に安定した状態であることが共通して観測されましたが、ほかには特に変わった点はありませんでした。

手に与えた刺激は途中でブロックされることなく脳まで届いていました。

また、巷間いわれる「気功師の脳波と被験者の脳波が同調する」といった現象は全く見られませんでした。

さらに、外気功をかけられて床に倒れ込んだ被験者に記憶テストを行ってみました。「たばこ、時計、臨床薬理」といった異なった5種類の単語を聞かせて、覚醒した後に何を聞いたか思い出してもらったのです。

するとこれらの単語を復唱することができました。これは床に倒れた状態であっても認知機能が働いていたことを示しています。

学生は「まるで、金縛りにあったような状態で、動けなかった。しかし、周囲の状況はよく分かっており、覚めた後は、非常に気持ちがいい」と語ったそうです。

――興味深いですね。

皆神先生 この一連の実験が徹底しているのは、子犬やラット、大腸菌を使った実験まで行った点です。子犬、ラットの頭部に気功師が手をかざし、気を送ってみたのですが変化はありませんでした。

また、シャーレの寒天培地に大腸菌を塗り、気功師に「大腸菌を殺す気」を10分間送ってもらったのですが、気を送らなかった大腸菌と比較しても、特に差はありませんでした。

・各種血液成分
・脳波
・短潜時体性感覚誘発電位
・サーモグラフィー

などの検査を行ってみたのですが、トランス状態に特有な「電気生理学的」「生化学的」な変化は観測できませんでした。つまり、

トランス状態でも、人間の体は普段の状態と変わった点は特にない

ということになります。

――よく調べましたね。

皆神先生 ここまで徹底して調査した例はほかにないと思いますよ。

偽気功師でもトランス状態にできる!

――結局どういうことになるのでしょうか?

皆神先生 ここで「プラセボ効果」が出てくるのです。研究チームは、このような現象がなぜ起こるかについて、プラセボ効果が関与しているのではないかと調べました。

プラセボ効果は以前お話ししたように、いわゆる「イワシの頭も信心から」というやつです。人間の心理的要因で、信じていると実際にそのような効果が得られるというものですね。

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本当に「気」でこういう現象が起きているのか、それとも被験者の心理的要因で起きているのか、を実験してみたのです。

まず偽気功師を用意しました。上記の実験で気功にかかりやすいと思われる人を被験者にして(群馬大学の学生・薬理学の研究者の2人)、偽気功師に気をかけさせてみたのです。

――ちょっと意地悪な実験ですね(笑)。

皆神先生 それらしい2人(群馬大学医学部の中国人留学生・医療機器会社の社長)を気功師に仕立て、以前の実験のビデオを見せて、それらしく外気功を行えるように教えました。

今度は、もっと優秀な気功師に来てもらった」と被験者に紹介し、偽気功師に気を送ってもらいました。

――どうなりましたか?

皆神先生 中国人留学生が扮(ふん)した偽気功師は、被験者の片方、研究者をトランス状態にすることに成功。社長が扮した偽気功師も、研究者の方は失敗しましたが、学生を深いトランス状態に導くことに成功したのです。

学生は覚醒後「今度の先生は本当にすごい」と驚いていたそうです。

――うーん。

皆神先生
 この研究がすごいのは、まだこの先があることです。2人の被験者は先の実験に参加しているので、「外気功に対する条件付け」ができている、とも考えられます。

そのため、全く外気功などを経験したことのない被験者を新たに募って、偽気功師に気功をかけさせてみたのです。

――すごい探究心ですね。

皆神先生 まず外気功とはこのようなものというスライドを見せて、どのような状態になるかを説明した後、参加者を募集すると、10人から応募がありました。

そこで5人ずつ2組に分けて、上記の偽気功師に気を当てさせたのです。結果は、

●中国人留学生の扮した偽気功師
3人をトランス状態に導くことに成功

●社長の扮した偽気功師
1人をトランス状態に導くことに成功
1人を深いトランス状態に導くことに成功

というものでした。実験・研究の結論としては、気の正体とは、

手から気が出ていると思い込む被験者の心理(自己暗示)が身体的な変化を引き起こす一種のプラセボ効果である

というものでした。

催眠術では互いに忖度(そんたく)している可能性も!

皆神先生 催眠術が同様にトランス状態に導くものであるとすると、やはりそこにはプラセボ効果の一種が生じると考えられます。

また、「このように誘導したい」という催眠術師と、「私がこういうふうに動けば先生は喜ぶだろう」といった催眠者の、いわばお互いの忖度による効果がある、とも考えられます。

以前ご紹介した、「催眠術で宇宙人に誘拐されたことを思い出す」といった例も、催眠術をかけている人が「そのように誘導したい」と思っており、催眠者も「それに応えたい」、また「私は宇宙人にさらわれていたことにしたい」という心理があって、そのような人がたくさん出現するのでしょう。これまた忖度の結果みたいなものです。

――なるほど。

皆神先生 催眠術って結局お互いの「忖度」の山なので、使いようによっては便利なものなのでしょうが、安易に信用するにはかなり危険なものではないか、とも思います。

――ありがとうございました。

催眠術とは「一種のプラセボ効果」を引き起こすものであるようです。ですから、催眠術は催眠者の心理的要因(自己暗示)によって起こるものと考えられるのです。また、皆神先生の言葉にもあるように、安易に信用することは危険でしょう。

皆神龍太郎

疑似科学ウォッチャー。『と学会』運営委員。ASIOS会員。しばしば日本最強のデバンカーといわれる存在。『UFO学入門 伝説と真相』(楽工社)、『あなたの知らない都市伝説の真実:だまされるな! あのウワサの真相はこれだ! 』(学研パブリッシング)など著書多数。

⇒Twitter

※記事内で紹介した「外気功の実験」の出典は以下
『モダンメディシン』1992.11,pp72-76
「『気』は気のせいか,プラシーボが探る外気功のナゾ」

(高橋モータース@dcp)

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