「サイコパス」という言葉も日本でずいぶん一般的になりました。しかし、一方でサイコパスという言葉は誤解して使われています。例えば、ハリウッド映画に登場する「殺人鬼」のような人物を指す言葉、といった誤解です。
サイコパスとは殺人者や犯罪者のことではありません。
ある種の人格障害のことなのです。また、サイコパス性は誰もが持っており、一種のパラメーターのようなようなものでもあります。
決定的な「何か」が欠落している「反社会性パーソナリティ障害」
人間が他の人間と一緒に社会をつくり、生活する上で欠かせないものがあります。
うそをつかない・決められたルールを守るといった道徳心、自らに恥じることをしない良心、人の気持ちを忖度(そんたく)する共感、といったものですが、まれにこれらが欠落した人がいます。
このような人は、社会生活を円滑に営むための情動・感情・考え方がないので、まるで「良心がほとんどない、あるいは全くない」ように見えます。
この良心がほとんどない、あるいは全くない状態を、精神医学の世界では「反社会性パーソナリティ障害」(後述の『DSM-5』による)といいます。
この人格障害は「社会病質(sociopathy:ソシオパシー)」、あるいは「精神病質(psychopathy:サイコパシー)」と呼ばれました。
日本では後者の方が一般的で、「精神病質を持つ人」、「精神病質者」を「サイコパス(psychopath)」と呼んできました。
現在では「精神病質者」という言い方はされないようになっていますが、サイコパスという言葉は今も広く一般に使われています。
本稿内では、DSM-5の呼称に従い、反社会性パーソナリティ障害を持つ人という意味で「サイコパス」を用います。
「反社会性人格」の特徴とは?
アメリカ精神医学会が発行している『DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引』によれば、「反社会性パーソナリティ障害」の診断基準は以下のようになっています。
A.他人の権利を無視し侵害する広範な様式で、15歳以降起こっており、以下のうち3つ(またはそれ以上)によって示される。
1.法にかなった行動という点で社会的規範に適合しないこと。これは逮捕の原因になる行為を繰り返し行うことで示される。
2.虚偽性。これは繰り返し嘘(うそ)をつくこと、偽名を使うこと、または自分の利益や快楽のために人をだますことによって示される。
3.衝動性、または将来の計画を立てられないこと
4.いらだたしさおよび攻撃性。これは身体的な喧嘩(けんか)または暴力を繰り返すことによって示される。
5.自分または他人の安全を考えない無謀さ
6.一貫して無責任であること。これは仕事を安定して続けられない、または経済的な義務を果たさない、ということを繰り返すことによって示される。
7.良心の呵責(かしゃく)の欠如。これは他人を傷つけたり、いじめたり、または他人のものを盗んだりしたことに無関心であったり、それを正当化したりすることによって示される。
B.その人は少なくとも18歳以上である。
C.15歳以前に発症した素行症の証拠がある。
D.反社会的な行為が起こるのは、統合失調症や双極性障害の経過中のみではない。
これはあくまでもDSM-5による臨床診断基準ですが、多くのサイコパスに共通する特徴として、以下のようなものを挙げる専門家もいます。
●口の達者さと表面的な魅力
●病的にうそをつき、人をだます
●極端に冷酷
サイコパスは上記のような特徴から人間関係はあくまでも表面的なものにとどまり、感情も浅いものになります。心理セラピストのマーサ・スタウト(Martha Stout)はその著書『良心をもたない人たち』の中で、
「感情の浅さも、サイコパスの目立った特徴である。口では愛していると言いながら、その愛情は底が浅く、長続きせず、ぞっとするほどの冷たさを感じさせる。
相手に感情移入することはなく、パートナーに心から興味を抱いて感情的きずなを結ぶこともない。
魅力的な仮面がはがれ落ちたとき、彼らの結婚は愛のない一方的なものになり、短期間で終わることがほとんどだ。
サイコパスにとって結婚相手が価値があるとすれば、それは所有物としての価値で、彼らは失うことに腹を立てるが、悲しんだり責任を感じたりすることはいっさいない」
⇒引用元:マーサ・スタウト『良心をもたない人たち』(草思社文庫)2012年,pp.17-18
※赤アンダーライン、強調文字は筆者による(以下同)
と述べています。
「サイコパシー」のチェックリスト
精神病質者、サイコパスを見分けるためのテストとしては、カナダの心理学者ロバート・D・ヘア(Robert D.Hare)の考案した「サイコパシー・チェックリスト(PCL-R)」が有名です。
20の質問項目について、自分がどの程度当てはまるかを0点・1点・2点の3段階で評価します。40点満点で、一般にサイコパスとされるのは「30点以上」の場合です。
●ロバート・ヘアの「サイコパシー・チェックリスト」
1.口が達者で表面は魅力的
2.自己中心的で自己価値観が誇大的
3.退屈しやすく刺激を求めている
4.病的な虚言癖がある
5.人をだますことに抵抗がなく、人を操ろうとする
6.良心の呵責や罪悪感が欠如している
7.感情が浅薄だ
8.冷淡で共感性が欠如している
9.他人に依存して生活している
10.行動をコントロールすることができない
11.性欲が抑えられず奔放な性行動をする
12.幼少期から問題行動を起こしている
13.現実的、長期的な目標が立てられない
14.衝動的な行動をする
15.無責任な行動をする
16.自分の行動に対して責任が取れない
17.結婚、離婚を繰り返す
18.少年期に犯罪歴がある
19.保護観察、仮処分の取り消しを受けたことがある
20.多種多様な犯罪歴がある※PCL-Rは「The Psychopathy Checklist-Revised」の略
このチェックリストは臨床診断において「サイコパシーの傾向があるかどうか」を確認するために簡易的に用いられるもので、現在では確定診断のためにもっと多くの質問項目のあるテストが利用されることがほとんどです。
また、最近では脳科学的なアプローチも進んでおり、大脳辺縁系の組織に異常がないかなどを確認することもあります。
社会的に成功している人の中にも「サイコパス」はいる
オックスフォード大学 感情神経科学センター(Department of Experimental Psychology, University of Oxford)のKevin Dutton(ケヴィン・ダットン)博士はサイコパスの研究を行っている著名な心理学者です。
ケヴィン博士は「サイコパス性とは程度の問題で、我々に等しく分布している」としています。
つまり誰にでもサイコパス性はあり、どこにでもサイコパス性を持った人がいます。
実際ケヴィン博士の研究(2011年の調査)によれば、イギリスにおけるサイコパス性の高い職業は下のようになっています。
サイコパス性の高い職業
1.企業の最高経営責任者
2.弁護士
3.テレビ&ラジオ関係
4.セールス
5.外科医
6.ジャーナリスト
7.警察官
8.聖職者
9.シェフ
10.公務員
再度記載しますが、強度の大小はあるもののサイコパシー的な要素は誰もが持っています。
本稿を読んでいる読者の皆さんもです。
問題はそれがどの程度なのか、です。つまり「ボリューム調整」のようなもので、どこまでレベルが大きいかが問われるわけです。
社会生活に問題のあるレベルでなければ普通に生きていけるのですが、極端になると異質さが際立ち周囲の人と軋轢(あつれき)が生じます。
また、サイコパスだから必ず犯罪者になる、という考え方は間違っています。
実際、サイコパス性が強くても社会的地位の高い職業に就き、見事な業績を挙げている人もいます。逆にいえば、サイコパス性が強いからこそ社会的に成功したのかもしれません。
⇒ケヴィン・ダットン博士の公式サイト
http://www.kevindutton.co.uk/
(高橋モータース@dcp)
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